近江長濱町志|滋賀県の長浜歴史書販売 泰山堂

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近江の郷土歴史家-中川泉三監修、幻の著作 政治志、社寺志、産業志、学芸志、風俗志、地理志、人物志と貴重な資料が網羅された書物 「長浜時代の秀吉」は豊臣秀吉の長浜在城時代の事蹟を明らかにした名著といわれる

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商品詳細

「近江長濱町志」は、財団法人下郷共済会(明治三十六年長浜の豪商下郷伝平氏によって設立され、幾多の公益事業を推進した)の重要な事業の一つとして、大正二年十一月企画され、当時「近江國坂田郡志」(三巻)を編纂刊行したばかりの坂田郡山東町大野木の郷土史家中川泉三翁が昭和初年まで十数年をかけて鋭気執筆された。本書は、旧長浜町域にとどまらず、新市域や湖北一帯に筆の及ぶことも多く、忠実内容の豊かな地方史である。とくに「政治志」における秀吉についての記述は詳細であり、秀吉が長浜の生みの親であり、秀吉と長浜の関係がいかに密であったかを明らかにしている。秀吉や戦国時代の研究者にとっては垂涎の的であろう。江戸時代から明治時代にかけての記述はとくに精密であり、当時の地方都市の実態解明に手がかりを与える。また、曳山まつりなどを詳述した「風俗志」は、民族学的に貴重な資料である。

より深い真実の歴史がここにある

「第二期城下町時代」の第一章をひらけば、出家・商人を問わず、「すき、くわ、もつこ持申し」罷り出よと、秀吉が今浜城普請のために家並みに動員をかけている文書が目に入る。さらにページを繰れば本能寺ノ変、清洲会議、賤ヶ岳合戦等々、日本歴史に変換させた戦国期の諸事件が続くわけだが、これらが町村史レベル、いわば草の根レベルの史料にフィードバックされて記述されているところが魅力的である。

肥前名護屋まで長浜町民が「鮒鮨百尾」をもって秀吉の陣中見舞に出かけているシーンが描かれているところなども、その一例だが、この海外への軍事行動を「征韓の雄図」ととらえるなど、戦前の史観の垣間見える点は止むを得ぬ仕儀というべきか。しかしながら、たとえ講述が断続的になろうとも、史料に基づかないことは書かないという実証的姿勢が鮮やかで、これは「近江坂田郡志」以下、中川泉三翁編述の県下のすぐれた地方史に共通するスタイルなのである。

また、いささか<秀吉贔屓(ひでよしびいき)>への偏りや、「長浜町に臨むに慈と愛」をもってした井伊氏といった調子の気にかかる個所がないでもないが、当町の発展の礎を設定したのは正しく秀吉であり、彼の与えた朱印除地三百石の存続を認め、彦根城下の他にも町場を育成したのが井伊氏であったことはまぎれもない。翁が「当町の為に特筆大書して伝ふべき」と考えられた所以であろう。

事実、本書には江戸期の町政、ことに商工業関係、また大津百艘船との相論をふくめ水運関係の貴重な史料が多く集められている。一方、秀吉や井伊氏の宗教政策もあずかってか、「社寺志」の内容も豊かであり、郷土の生んだ人物群像や芸術的活動などにも温かい眼差しが及んでいる。 県下のみならず、全国的な注目をあるめる一冊となるであろうことを信じて疑わない。  (故矢守教授推薦文より一)

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歴史を語る上では外せない中川泉三翁「幻の長濱町志」

泉三翁は、県下の主要な郷土史を陸続と編簒執筆した近江の代表的郷土史家である。従来の伝説を主とした郷土史とは異なり、史料考証によるその歴史の叙述は、全国の地方史編纂の範となり、学界からも頭目されるにいたり、昭和十一年十一月には、すぐれた郷土史家として文部大臣より表彰を受けられている。厖大な資料を収集され、すぐれた史書を纒めあげながら、発行せぬまま身罷られた泉三翁編簒の遺業を形あるものにしたいという一念で米原市(旧坂田郡山東町)長岡の株式会社泰山堂元代表取締役(故)川瀬鶴夫氏が郷土文化振興に寄与するために本書刊行に執念を燃やし取り組んだ「想いの1冊」である。

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