近江坂田郡志|滋賀県の長浜歴史書販売 泰山堂

ホーム > 泰山堂トップ > 近江坂田郡志

近江坂田郡志は史料の豊かさにおいて類をみない優れた作品

近江坂田郡志送料無料

商品詳細

本書は、大正二年坂田郡役所編纂により発行されたものを原本として復刻した一冊である。近江坂田郡志は、初刊以来六十有余年も経過し、今日では入手困難となり地方研究者に著しい不便を与えていた。この復刻はこのような事情のもとに地方史を研究する方々の要望に応えたものです。

知っていましたか?南北朝時代元弘三年五月、番場の忠太郎で有名な蓮華寺での北条氏の末路を。北条仲時は、鎌倉幕府の六波羅探題北方としては、京都にいました。後醍醐天皇を隠岐に流配にするなど成果をあげていたが、足利高氏が上洛し、丹波亀山の篠村に。元弘3年5月7日ついに足利家が北条に反旗を翻した。六波羅は足利勢他の官軍に攻められ、仲時は光厳天皇と共に京都から鎌倉をめざし落ちのびる。5月9日、滋賀県米原まで逃げてきた北条仲時以下の430人余りが、鎌倉へ逃げ切れないとわかり、番場宿の蓮華寺で自害(殉死)した。過去帳にはその有志の名がつづられており、その時の様子がリアルに蘇る。

近江坂田郡志内容詳細

上巻詳細はこちら

中巻詳細はこちら

下巻詳細はこちら

孝明天皇陛下の妹・和宮親子内親王の後降嫁の時、柏原宿での様子や裏話がありありと記載されている。犬走り(築地とその外側の溝との間に設けられた平地)の掃除を入念にする事、松並木がお持ちの日傘に触る可能性があるので伐採する事、宿から見える田畑に人がいると目触りなので行かない事、煙は立てない事等々
柏原人民への心得などを記載し忠告している。四千百四十四人の御一行を宿泊させるにあたって人々の暮らしに影響を及ぼしていたという事実が面白い。そんな誰も知るはずもなかった歴史が丁寧に書かれている貴重な作品である。

ホーム泰山堂トップ会社案内近江長濱町志近江坂田郡志購入お問い合わせサイトマップ

Copyright(c) TAIZANDO All rights reserved.